インスリン抵抗性と糖尿病


インスリン抵抗性とは?

最近糖尿病患者さんのみならず、高血圧や動脈硬化の領域でもメタボリック症候群の原因としてインスリン抵抗性(インスリン感受性)という言葉が注目されています。
このインスリン抵抗性とは簡単に言うと、「インスリンの効き具合」を意味します
すなわち同じだけ血糖を下げるのに必要なインスリン量が多い場合があり、この時、インスリン抵抗性が高い(インスリン感受性が悪い)と表現します。このインスリン抵抗性はインスリン分泌低下と共に、糖尿病の発症や状態に大きく関わっており特に2型糖尿病の患者さんでは重要な病態です。

さらに高血圧、耐糖能異常、高脂血症などの動脈硬化の危険因子が集積して心筋梗塞などを高頻度に発症するメタボリック症候群(シンドローム)の基盤となっていることから、治療の重要性が注目されています。

インスリンの標的臓器とその働き

肝臓 糖新生(糖を作る)・糖の放出を抑える
グリコーゲン(貯蔵糖)合成を促進する
筋肉 糖の取り込み・糖の利用を高める
脂肪組織 脂肪の合成を促進し、脂肪の分解を抑える

図のような作用によりインスリンは結果的に血糖を下げる、また脂肪を合成する働きをします。従ってインスリン作用が悪い(インスリン抵抗性が強い)と、肝臓では糖の放出が盛んに行われ、筋肉では糖の取り込みが減ることにより、高血糖をもたらすとともに、たくさんのインスリンが必要になりそれだけ脂肪の合成が進み太ることになります。

糖毒性(glucotoxity)

これは糖尿病のコントロールが高い時に起こりうる病態の一つですが、高血糖自体が二次的に膵臓からのインスリン分泌を抑制すると共に、肝臓や筋肉でのインスリン作用を低下させる病態のことです。
よく2型糖尿病患者さんで非常に強い高血糖の時期に一時的にインスリン注射で血糖を下げると、インスリン必要量が時間経過と共に減り場合によってはインスリン注射が不要となるような例がありますが、これは最初に使用したインスリン注射による高血糖の改善によりインスリンの分泌及びインスリン抵抗性が改善、すなわち糖毒性が解除された結果と考えられます。このようにインスリン抵抗性は糖尿病の発症にも関与するが、その結果起こる高血糖によっても起こってきます。そしてそれは可逆的に改善する場合もあります。

インスリン抵抗性の起こる原因

インスリン抵抗性については様々な研究がなされ、近年多くのことが分かってきました。その臨床的意義は インスリン抵抗性が2型糖尿病の成因の一つになることと、心筋梗塞などが高頻度に発症するメタボリック症候群の基盤となることです。
インスリン抵抗性は遺伝的な要因の関与も考えられていますが、それに環境要因が加わり起こってきます。環境要因には肥満や上半身や内臓への脂肪蓄積、運動不足、ストレスや食生活の欧米化などが上げられます。特に肥満(内臓脂肪蓄積)とは密接に関係あることが分かっています

インスリン抵抗性症候群

メタボリック症候群という言葉がない時代にも同様の概念がありました。

シンドロームX
(Reaven, 1988)
内臓脂肪症候群
(松沢ら, 1987)
死の四重奏
(Kaplan, 1989)
インスリン抵抗性症候群
(DeFronzo,  1991)
インスリン抵抗性
高インスリン血症
耐糖能異常
高TG(中性脂肪)血症
低HDL-chol血症
高血圧
耐糖能異常
高TG血症
低HDL-chol血症
高血圧
内臓脂肪蓄積
耐糖能異常
高TG血症
高血圧
上半身肥満
高インスリン血症
2型糖尿病
異常脂質血症
高血圧
肥満
動脈硬化性心疾患

これらの概念は、従来の動脈硬化の危険因子を個々に単独の要因として考えるのではなく、それらの集積が動脈硬化発症に重要であることを強調しています。そしてそれらの危険因子にはインスリン抵抗性が基礎にあることを指摘しています
インスリン抵抗性症候群はよく氷山に例えられます、海面に出ている部分(糖尿病や高血圧などの個々の病気)が軽くても、水面下に重大な事態が潜んでいる可能性があり、血圧や血糖だけよくするだけでは、本当の治療にはならないのです。従ってインスリン抵抗性そのものを治療する必要があります。

インスリン抵抗性の治療

<食事療法・運動療法> 

医学や薬学が進歩しいかに良い薬が開発されようと、運動療法・食事療法に勝る薬はありません

運動療法がインスリン抵抗性を著明に改善させることは、多くの報告があります
運動には有酸素運動と無酸素運動がありますが、いずれも有効であり特にジョギングや早足歩きなどの有酸素運動の方がより有効にインスリン抵抗性を改善させるようです。運動強度はVO2max(最大酸素摂取量)50%を維持(30歳〜40歳台で脈拍120から130/分となるくらいの運動)し、1回20分以上、週3回以上が原則です
ただ糖尿病患者さんの中には運動療法が制限されている例もありますので必ず主治医に尋ねてから始めてください

食事療法に関しては基本的に糖尿病や肥満症のものと同じです
体脂肪が蓄積しないようにすることがインスリン抵抗性の食事療法の原則です
低エネルギー低脂肪食ということになりますが、急激なダイエットはその後のリバウンドを考えるとかえって逆効果となることもありますので、これも主治医の先生と相談して開始する方がいいでしょう


<薬物療法>
インスリン抵抗性に対する薬物療法は間接的なものと、直接作用するものがあります
肥満症を治療する薬として中枢性食欲抑制薬(マジンドール 商品名サノレックス)が、BMI35%を超える高度の肥満症例に対し3ヶ月だけ使用可能となりました。
また糖尿病治療薬でもα-グルコシダーゼ阻害剤(ボグリボース 商品名ベイスン、アカルボース 商品名グルコバイ、ミグリトール 商品名セイブル)は腸管での糖質の吸収を抑えて、食後の高インスリン血症を是正することにより、糖毒性の解除に伴い間接的にインスリン抵抗性の治療となります
ブホルミンやメトフォルミンに代表されるビグアナイド剤は主に肝臓からの糖放出を抑えまた筋肉でのブドウ糖取り込みを増加させる作用によりインスリン抵抗性を改善させます。1970年代にこの系統の薬剤(フェンフォルミン)で乳酸アシドーシスの副作用報告が相次ぎ、その後使用が減少しましたが、最近の大規模な糖尿病研究UKPDSなどでは、この薬物の有効性、安全性が報告されました
インスリン抵抗性を直接改善させる薬物としてはチアゾリジン系の薬剤 ピオグリタゾンは従来の経口糖尿病薬とは異なる作用でインスリン感受性を高め血糖を低下させるだけでなく多彩な効果がありインスリン抵抗性症候群にも有効でありインスリン抵抗性治療薬として臨床の場で期待されています