低血糖の起こる機序とその対策


低血糖について

薬物(インスリン注射や一部の飲み薬)で血糖コントロールを行う場合、その日の食事量や内容、または運動量の違いにより血糖が正常より下がることがあります(血糖の正常下限は70mg/dl)これを低血糖と言いますが、薬により高められたインスリン量が血糖を正常域に低下させるために必要なインスリン量を大きく上回った場合に低血糖になる可能性があります

低血糖を起こす治療・起こさない治療

糖尿病の薬全てが低血糖を起こす可能性があるわけではなく、インスリン注射(種類 量に関わらず)や飲み薬では膵臓からのインスリン分泌を増やす作用のSU薬(スルホニル尿素剤(ダオニール、オイグルコン、グリミクロン、アマリールなど)を使っている場合、低血糖を起こす可能性があります
一方その他の種類の薬(ビグアナイド薬(メルビン、ジベトスB)やαグルコシダ-ゼ阻害薬(ベイスン、グルコバイ)、インスリン抵抗性改善薬(アクトス)など)は単独で服用している場合、通常の生活をしている範囲では低血糖を起こす可能性はきわめて低いと言われています。また薬を使わずに食事・運動療法のみでコントロールされているケースでも低血糖の心配はありません

正常人でのインスリン拮抗ホルモン(血糖を上げるホルモン)の働きと低血糖症状

人工膵臓という検査機器を用い、正常人での血糖値と拮抗ホルモンや低血糖症状の関係を検査した結果、まず血糖が正常下限値以下の68から65mg/dlぐらいにまで低下すると、エピネフリン(アドレナリン)やノルエピネフリン、グルカゴンといったインスリン拮抗ホルモンの分泌が正常以上に高まり始めます

血糖値が55〜50mg/dlに低下すると動悸、手足のふるえ、冷や汗、空腹感、からだが熱く感じる、不安感などの症状が出てきます
これらは自律神経の症状で、血糖値低下に対してからだが発する一種の警告症状とも言われており、先に分泌が高まった血中拮抗ホルモン濃度が上昇するために起こる症状と考えられています

さらに血糖が50mg/dl未満とくに45mg/dlあたりに低下すると、集中力の低下、疲労感、眠気、錯乱、脱力、めまい、うまくしゃべれない、物が二重に見える、などの症状が起き、これらは中枢神経の症状で、ブドウ糖の欠乏により脳が正常に活動しなくなりつつあることを示すものです。それでは糖尿病患者さんの場合も正常人と同じかというと、少し様相が異なっているようです

糖尿病患者さんの低血糖症状

糖尿病患者さんの場合、その時の血糖コントロール状態によって、自律神経症状(警告症状)が出現する血糖値が異なっています。
長期間血糖コントロールが高かった患者さんが、短期間に血糖をコントロールされると、血糖値80や90mg/dlで先に述べた低血糖症状を自覚する場合があります。
我々の検討の結果ではこういった例では血糖を上げるためのホルモンが血糖値100mg/dlまで低下した時に分泌が既に開始されていました。これは高血糖に慣れているため、大脳が80や90といった血糖値を誤って低血糖と認識してしまうためと考えられます。しかしこれらは時間経過とともに大脳の誤認が改善され正常になってきます。

逆の例では過去1・2ヶ月の間にひどい低血糖を1回以上起こしたことのある患者さんや、糖尿病による神経障害の強い患者さんでは血糖値が50になっても警告症状が無いといったことも少なからず見うけられます。これは前の例の逆の機序と考えられ、無自覚性低血糖症と言います
無自覚性低血糖症の場合、血糖値が低下しても警告症状を自覚しにくいため、大脳の血糖不足の症状(中枢神経症状)が突然出現する、極端な場合前触れなしに突然意識を失う恐れもあります。こういった事が例えば車の運転中や高い所での作業中に起こった場合、生命にもかかわる可能性もあります。


無自覚性低血糖症の対策

1.やはり警告症状がありませんので、自己血糖測定を頻回に行う必要があり、血糖値が一定以下ならば、症状がなくても血糖を上げる治療をしなければなりません。
2.過去の報告では、厳重に低血糖が起こらないように予防すると、約1ヶ月ぐらいから徐々に警告症状を感じる血糖閾値が上昇し始める事が言われており、我々の検討の結果でも6ヶ月完全に低血糖を予防すると、低血糖閾値はほぼ正常化するようです。
3.米国では血糖認識トレーニング(BGAT-3)なども低血糖の予知などに有効と考えられ、日本でも徐々に浸透しつつあります。

低血糖の治療

低血糖の治療は糖質の補給に他なりません。
砂糖もしくはブドウ糖を10〜15g(市販のスティックタイプのシュガーなら2本程度)を飲み、15分ほど経っても回復しない場合は、さらに砂糖を同量追加します。
お菓子類やパン類は吸収に時間がかかるので低血糖の治療には向きません(ただし低血糖の予防には役立ちます) 

もし身近に砂糖がない場合は、市販のジュースで代用してください。メーカーによって入っている糖質の種類や量が異なりますが、100〜150mlを飲用します
ただし、この場合ダイエット飲料では役に立ちません。


αグルコシダーゼ阻害剤で治療している場合は、砂糖を飲んでも薬の効果により一部がブドウ糖に消化されるまでまで時間がかかっており、低血糖症状が改善されにくい場合があります
従ってブドウ糖を服用してください。


無自覚性低血糖の疑いがある患者さんはやはり家族の協力が必要です
意識がない場合は家族の手によるグルカゴン注射などが必要になる場合があります。


さいごに
低血糖は薬物を用いて治療されている患者さんの多くが経験しますが、正確な知識や対処方法 低血糖は逆の言い方をすれば血糖コントロールが良好な証拠でもあるという考え方もできます
低血糖を怖がって、指示カロリー以上の食事をとったり、補食といいつつ間食をしていては、糖尿病治療の基本から外れてしまいます。低血糖の知識を身に付け、対処することが重要だと思います